地元で人気のりんご酒‘レニーズ・ウィンズロウ・サイダー’作りを取材! 「アップルデイ」(後編)

英国の1年を、時候に沿ってお届けする【英国365日】。

10月は、りんごの収穫をお祝いするお祭り「アップルデイ」について。

英国バッキンガムシャー州在住で英国政府公認ブルーバッチ観光ガイドの木島・タイヴァース・由美子さんにお話しいただきます。

〈前回の記事、【りんごの収穫をお祝いするお祭り「アップルデイ」】(前編)はこちらから〉


それでは、木島さんの#英国ライフ・コラムをお楽しみください!


さて、私の住む村ウィンズロウではサイダー(りんご酒)作りが始まりました。

小さな村ですが、ここに知る人ぞ知る‘レニーズ・ウィンズロウ・サイダー’を作っているところがあります。

そこの代表者であるスティーヴさんの家は、農家として16世紀に建てられました。

サイダー作りは、その家の庭で毎年行われています。‘知る人ぞ知る’とあえて言ったのは、2018年には英国サイダーチャンピオンシップ(ミディアムサイダー部門)で、600点の出品の中から見事金賞を獲得したからです。


写真:村の教会である聖ローレンス教会。14世紀に建てられた塔を背景に、サイダー作りが行われます。


その他にもさまざまなアワードを獲得し、評判が広がった人気のサイダー。地元でしか手に入らないのはどうしてだろう?と思っていましたが、村の中心にある広場で毎月1回行われるファーマーズ・マーケットに行って、初めてその理由がわかりました。

レニーズ・ウィンズロウ・サイダーは完全にボランティアによって生産されています。生産量も少なく、地元で販売するのが精いっぱい、というのがその理由でした。

また、収益金は全てチャリティに寄付される、とのこと。

代表者のスティーヴさんからお話を伺いました。


写真左:ファーマーズ・マーケットでサイダーを売るスティーヴさんと友人たち。

写真右:スティーヴ・レニーさん


木島:ここのサイダーが美味しいと言われる理由はどこにあるのでしょう?


スティーヴさん::理由はとても簡単です。この国では少なくとも17世紀からサイダーが作られていたようです。

私たちはその頃と同じ方法でサイダーを作っています。つまり材料はただ一つ。りんごだけです。


木島:りんごだけ?他には何も加えないのですか?


スティーヴさん:そうです。りんごの皮から出る酵母がサイダーを作ります。

私たちがすることは、発酵をコントロールして熟成を待つだけです。


写真:スティーヴさんの庭に何気なく置かれていたりんご。


木島:いろんなアワードを取っていらっしゃるのに、地元でしか手に入らないと聞きました。


スティーヴさん:そうです。私たちは楽しみでサイダーを作っています。沢山作ることが目的ではないのです。


木島:レニーズ・ウィンズロウ・サイダーを作ろうと思った理由を聞かせてください。


スティーヴさん:私たちの息子が2009年に23歳で亡くなりました。彼はサイダーが大好きでした。私たちの庭にはりんごが沢山あって、食べきれないりんごは全て堆肥にしていました。しかし息子の友達がこれをサイダーにすることを提案してくれました。

つまり1年に1度、サム(息子さんの名前)を偲んで皆が集まり、彼の好きだったサイダーを作ろうと言うのです。

それが2011年のことでした。その後、毎年生産量が増え続け、自分たちだけでは飲みきれないほどになったので、2014年からウィンズロウのファーマーズ・マーケットで販売を始めました。

そして地元のお店でも売るようなったのです。

ところが、販売の規模が大きくなるにつれて問題が起きてきました。それはサイダーを売った収益をどうしようか?ということです。

サイダー作りは決して簡単ではありません。でも、私たちは楽しんで作っているので、ビジネスにしたくはありませんでした。

そこで全員の意見が一致し、チャリティに寄付をすることにしました。私たちが選んだチャリティは「Youth Concern」でした。(Youth Concernとは、13~25歳の問題を抱えた若者を支援するために1979年に設立された地元のチャリティ。)


木島:毎年どのくらいのサイダーが生産されるのでしょう?


スティーヴさん:約8トンくらいです。


木島:(りんごの入った袋を見ながら) このりんごは、どこから来るのですか?

 

スティーヴさん:りんごを商品にしていない農場や、一般家庭の庭などから沢山寄付があります。彼らには10%分をサイダーにしてお礼をします。


写真:サイダー作りのために、食べきることができない量のりんごがどんどん届けられる。


木島:これまでに、チャリティにはどのくらい寄付されましたか?


スティーヴさん:2万ポンドくらいかな?


木島:どのくらいの人達がこのサイダー作りに参加しているのですか?そして彼らは全てボランティアですか?


スティーヴさん:20人くらいでしょうか。全てがボランティアです。皆それぞれ仕事を持っています。

屋根作り職人もいれば、看護師もいます。

写真左上から時計回りに

・まず最初の作業は、届けられたりんごを洗うこと。

・次に、りんごを皮ごと細かく刻む。

・刻まれたりんごを圧縮して果汁をしぼる。

・果汁をパイプでタンクに入れ、発酵、熟成させる。



亡くなった息子さんの友達の中には、結婚して子供さんと一緒に参加されている方もいらっしゃいました。

こうやって毎年1回サイダー作りに集まって来る友達は、スティーヴさんご夫妻にとっても家族同様といった雰囲気でした。

こうして楽しく作ったサイダーが、若者のためのチャリティに寄付されます。


レニーズ・ウィンズロウ・サイダーが大好きで、退職してからサイダー作りに参加したコリンさんは、現在ではすっかりレギュラーの1人になって、サイダー作りもお手の物と言ったところ。

また、中学時代から特にサムさんと親しかったジェイソンさんは、サイダー作りが始まった当初から11年間毎年参加しています。

友達の間では「サイダー・マン」と言われるほどサイダーに詳しくなりました。


写真左:子どもも一緒に参加。

写真右:「サイダー・マン」ことジェイソンさん


スティーヴさん、ジェーンさんご夫妻宅の広い庭、実は数年前にチャリティ・オープンガーデンで訪れた庭でした。

もちろんその頃はこの庭の奥でサイダー作りをしていることは夢にも思わなかったのですが、りんごの木の間に、今では見られなくなった果物の木が多かったことが印象的でした。

写真左:スティーヴさんご夫妻の飼い猫、その一匹に迎えられてお庭見学。

写真中:「次の庭には何がある?」と、まるで宝物を見つけるようにワクワクしながら古い門をくぐる。

写真右:チャリティのためのオープンガーデンの日は、お庭を公開。

写真:ローマ時代から中世にかけて好まれた「メドラー」という果実。

写真左:サイダーを熟成させておく建物「ザ・サイダーハウス」

写真右:秋の花々がりんごにぴったり。


今回はキャノン・アシュビーのアップルデイ、そしてウィンズロウのサイダー作りの2件を取材し、英国人のりんごへの思いが益々強く感じられました。

そしてりんごを通してコミュニティの絆を深め、チャリティ精神を創りだす彼らの生き方を見ると、更にりんごが特別な果物であることを実感しました。



<木島・タイヴァース・由美子 プロフィール紹介>

英国政府公認ガイドとして30年以上にわたって英国全土の観光案内をする。


2015年に英国の文化に特化したツアーの企画、アドバイスを専門に扱うカルチャー・ツーリズムUKを設立。


現在は観光ガイドの他に毎月英国の観光、文化に関してのオンライン・トークを実施している。

バッキンガム州で夫、愛犬の3人暮らし。


その他、雑誌や新聞に寄稿。

著書に「小さな村を訪れる歓び」「イギリス人は甘いのがお好き」がある。


カルチャー・ツーリズムUKのホームページを見る

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